「ものづくりの壁」を超えると見えてくるもの―道用大介先生インタビューその1

みなさまこんにちは。清水葉子です。ここ数日で急に気温が下がり、冬がやってきましたね。風邪をひかれないよう、あたたかくしてお過ごしくださいね。

 

さて本日は、ものづくりについて書きたいと思います。こちらのブログでも何度か紹介させていただいたFAB(デジタルファブリケーション)が、教育現場にも取り入れられるようになってきています。もともとFABは、個人や、ものづくりについて専門的な技術を持たない人も、自分で作れるようにすることを目的としていますから、はじめから教育現場には入れやすい形になっているといえるでしょう。もちろん導入にあたってはある程度の技術的な指導が必要ですが、それ以上に必要となるのは、FABを教育現場に入れることで起きる現象や、期待される効果を想定しておくことです。教育デザイン系、理系の教育分野だと、カリキュラムの方向性に沿った形で導入できると思いますが、文系の学部学科や、まだ専門分化していない中学校、高等学校に導入する場合は、その位置づけ、意味づけが必要になってきます。でも私は、そういった分野でこそ、FABが効果を発揮すると感じています。その感覚をどうやって言語化したらいいのか、試行錯誤をしている時に、道用大介先生の講演をうかがう機会があり、ものすごくわかりやすく、感動したので、神奈川大学平塚キャンパスのファブラボ平塚にうかがい、お話を伺いました。その内容を、紹介させていただきますね。

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道用大介先生。ファブラボ平塚にて。


文系学科にFABを取り入れる意味とは

道用大介(どうようだいすけ)先生は、神奈川大学 経営学部 国際経営学科の准教授として、経営工学、ソーシャルファブリケーションの研究をされています。また、2016年、キャンパス内に「ファブラボ平塚」を開設され、国際経営学科の学生に、デジタルファブリケーションの指導をされています。国際経営学科は、文理でいうと、文系の学科になります。その授業にFABを取り入れられるというのは、とても珍しいと言えるでしょう。国際経営学科の2年前期では、商品企画設計論という、約200名が受講する講座があり、この授業で学生さん達は、個人でマーケティング、商品企画をした商品を、3DCADを使って設計します。また、2年前期の選択制の演習の授業では、ファブラボの機材を使い、3DCADのデータを3Dプリンタで出力したり、レーザーカッターで切り出して組み立てるところまで行います。後期の演習では、少人数でじっくりものづくりを行います。

 

キーワードは「イノベーション」と「社会実装」

なぜ、文系の学科の授業でにFABを取り入れられているのか?そこには「イノベーション」と「社会実装」が重要キーワードとして出てきます。道用先生が、学生の学びの中で特に大切にされているのが、「社会実装」です。

 

経済産業省特許庁の『産業競争力とデザインを考える研究会』が2018年に発表した『デザイン経営宣言』では、日本は研究・開発の力はあるが、それを実用化し、その結果として社会を変える社会実装をする力が弱いと述べられています。「イノベーション」という言葉は、これまで日本語に翻訳されてきた「技術革新」だけでなく、技術を社会実装するという意味も含まれています。真の意味でのイノベーションを起こすためには、ビジネス、テクノロジー、デザインの3つを、領域を超えて融合させる必要があるのです。研究会からの問題提起に、教育現場として応えるためには、アイディア発想力だけでなく、その先の壁を越えて、実装までもっていく力や生産能力が必要で、そのためには、デジタルファブリケーション=FABの技術を、教育現場に取り入れることが有効だと私は考えています(道用先生)」

 

真のイノベーションを起こすためには、文理関係なく、アイディアを形にできる社会実装力が求められるということなんですね。大学には学部や学科という枠組みがあるので、どうしても学生たちは、自分の将来に直接役立ちそうな学びを選択する傾向があるそうです。道用先生は、その信念のもと、文系の学生達に、彼らの将来にもFABは役立つ、ということを伝えながら、授業を行われているそうです。

 

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学生が越えるべき「ものづくりの壁」

では実際にFABを授業に導入し、学生さんたちにはどのような変化が起こったのでしょうか。FABが商品企画の授業に導入されるまでは、アイディアを出し、その企画を文書化する、というところが授業のゴールだったそうですが、そのアイディアが実際に機能するかどうかの検証が行われることは少なかったそうです。しかし、FABを導入してからは、それまでアイディアどまり(空想的態度)になってしまい、越えられなかった「ものづくりの壁」を、FABの力を借りて越えることができるようになったそうです。

 

一度その壁を超えてしまうと、学生さん達の成長は素晴らしく、そのスピードや技術は、理系の学生さんと全く変わらないそうです。そして新しい課題にも躊躇なく取り組めるようになったそうです。

 

授業での実例紹介

授業でどんなものがつくられているのか、実例を教えていただきました。

まずこちらは、視覚障がいを持つ方向けの、持ち手のデザインを変えられる杖です。この課題では、学生さんたちは視覚障がいを持つ方に直接ヒアリングをし、そこで、視覚障がいを持つ方も周りからどう見られるかに気を使っていることに気づいたといいます。そこで、自分で着せ替えのように持ち手のデザインをカスタマイズできる杖を発案し、実際に試してもらいながら作り上げたということです。

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杖の持ち手の部分が付け替え可能になっている

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杖の持ち手部分拡大

また、こちらは「好きなジュースを飲める装置」です。なんとモデリングから実装まで、1週間で作り上げたそうです。

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好きなジュースを飲める装置。ジュースが混じらないよう、ストローが振動するしかけもある

(つづきます)