自身と向き合う美術の授業―関西大倉中学校・高等学校 その4 渋谷信之先生インタビュー

みなさまこんにちは。コアネット教育総合研究所の清水葉子です。

先日、関西大倉中学校・高等学校の美術室の環境、授業についてお伝えしてまいりました。最後に、美術のカリキュラム統括もされている、渋谷信之先生にお話をうかがいました。

 

「自分には美術は関係ない、どうせ下手だから」という生徒の思い込みを壊し、誰もが美術を楽しめるように。

 

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中高の美術の授業の流れについて教えてください。

中学は3年間、週1時間の授業があります。全員が授業を受けます。

高校では美術は芸術選択の1つになり、約3分の1の生徒が授業を受けます。

高校1年生は週2時間、高校2年生は週1時間です。(1時間は55分)

 

中学ではどのような授業を行われていますか。

中学では木工芸から始めます。道具の使い方をレクチャーした後、10時間をかけて吊り鏡、脚付き鏡、鍋敷きなど、家に持って帰れるものをつくります。刃物の扱いに慣れていない生徒もいます。集中しないと怪我をするので、厳しく指導します。その他道具の使い方や授業への参加の仕方を含め、中学は、基礎をしっかり学び、美術への姿勢を身に着ける時間です。

その他、スケッチ、水彩画、粘土、陶芸などを行います。この思春期の多感な時期にこそ、美術を通して経験できることがあると感じています。

 

高校ではどのような授業を行われていますか。

高校では、美術は選択授業になり、約3分の1の生徒が専攻します。中学生より年齢も上がりますし、授業では少し高いレベルを求めます。大きく言うと、中学では手順を丁寧に教え、高校では少し突き放す感じです。高校2年生の秋に行う「選択制最終制作」は、絵画、立体、デザイン、陶芸の中から1つを選択し、15時間をかけて自分を表現します。高2の修了時までに、自分自身を伸びやかに表現できるようになる、というのが、本校の美術のゴールです。

 

もちろん最初からそのようにはいかないので、1年生は線の引き方から指導します。

生徒たちの中には、自分に自信を持てない者もいます。高校受験を経験し、失敗することが怖くなったり、先生に求められていることを読み取り、それに応えようとする様子が見えることもあります。自信が持てないと、自分の立ち位置が見えづらく、萎縮した状態になってしまいます。美術の授業を通して、自分を前向きに表現し、内発的意欲を高めてほしいと思っています。自分が今やっていることを楽しく感じられると、生徒はいきいきとしてきます。生徒によってそのきっかけは違うため、試行錯誤をしながら生徒とかかわっています。

 
高校1年生の1学期に行われている、フィンガーペインティングとは、どのような授業ですか。

まず、6-7名のグループをつくり、赤・青・黄・緑・ピンク・白・黒から各自一色、担当の色を決めます。まず、指に自分の色をつけて、それぞれの紙に自分を表現していきます。言葉を持たない原始人という設定で、記号や形は一切使いません。

3分経ったらドラを鳴らし、隣の人の紙を貰って二人の会話をしてください、と言います。隣の人が描いた絵に、自分の色を重ねていくのです。これを6人分続けていきます。自分の作品が手元に戻ってきて、そこに自分で仕上げをしてタイトルをつけて終了となります。完成したものは1枚1枚全然違いますし、この作業が進むにつれ、生徒の表情がやわらいでいきます。自分の残したことが、相手に受け取ってもらえて、影響を与えていることを、気づき始めるんだと思います。一度自分の学んできたことを壊すこと、仲間に自分を表現することを学べる場になっているのではと思っています。まだ友達の少ない新入生の、この時期にこそ効果的な授業と言えるでしょう。

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現在のカリキュラムになったのは、いつからですか。

7-8年前からです。それまでは高1、高2ともに週2時間授業で、比較的ゆったりと進めていたのですが、高校2年生が1時間となり、それを機に、内容を精査して、カリキュラムを組みなおしました。優雅に家に飾るための絵を描くというよりは、自分と向き合い、自分を表現できるようになることを重視しています。

 

美術室の環境について工夫されている点を教えてください。

こちらの芸術棟は、昭和47年に建てられました。最新の設備が整っているわけではありませんが、年数を重ねて来たからこそ、出せる味わいもあると思います。例えば、芸術棟は緑に囲まれていて、生徒たちは他の教室からアクセスする際、いったん自分をリセットし、切り替えて授業に臨むことができます。また、美術室には道具、本、卒業生の作品など、色々なものが置かれています。生徒たちがその雑多な要素、材料を見て、色々なものを取り込める自由度があったほうが良いと考えています。

 

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先生にとって美術教育とは何ですか?

美術の教員になった頃、私の指導目的は、美術大学に進学するエリートを育てることだったように思います。ですから、技術力、表現力の高い生徒の能力をさらに引き出すことに、指導の比重を置いていました。一方で、うまく形にできない生徒たちのことも気になっていました。そちらにも目を向けてみると、「描きたいけど、どうすれば良いのかわからない。」という気持ちは、技術力の高さに関係なく、根本は同じなのではないかと感じました。時代の変化もあります。情報があふれ、インプットが過多になりがちな時代に、自己をのびやかに表現できることは、自身の立ち位置をしっかりとつくることに役立つのではないかと感じるようになりました。ですから、「全ての生徒にとって生きるために必要なもの」として、美術の授業を再定義し、美術大学に進学するエリートを育てるだけではなく、誰もが美術を楽しめるようにしました。自分には美術は関係ない、どうせ下手だから、という生徒の思い込みを壊すことを目標としています。

 

指導方針の転換で、生徒さん達に変化はありましたか?

エリートだけでなく、誰もが楽しめる美術としたことにより、美術部への入部が増えたのには驚きました。また、他の教科で先生に色々言われてしまう生徒も、美術の授業では、のびやかに表現をする、という光景も見かけるようになりました。どの授業でも、生徒たちには価値観を揺らすような問いかけをすることを心がけています。正解を求める習慣がついてしまっている生徒に、私は正解を持っていないということをちらつかせるといいますか。美術は自分との闘いで、禅問答のような部分もあります。自分で何を描くべきかを決めるために、自分と向き合っていかなければなりませんから。

 

高校の美術の授業では、1対1で生徒と対話する時間も大切にしています。技術指導に偏りすぎず、考え方について質問したり、良いところをほめたり、言葉の引き出しを増やすことを心がけています。そのようなことを続けながら、生徒の思いや悩みをどのように引き出すかを常に考えています。

 

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各クラスの出席簿の表紙には、生徒さん達が年度のはじめに自分のカラーとして選んだ色が貼られていました。生徒一人ひとりへの思いが、ここからも伝わってきます。

 

関西大倉中学校・高等学校の記事は以上となります。素敵な作品や授業を見せてくださった渋谷先生、授業をご紹介、取材にご協力いただきました関西大倉の先生方、生徒さん達、本当にありがとうございました。

 

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