演劇というアートについて―「わかりあえないことから-コミュニケーション能力とは何か」を読んで

みなさまこんにちは。清水葉子です。

暑かった日本の夏がようやく過ぎ去り、すっかり秋になってまいりました。

1年を通して行事があまり多くない10月、11月は、読書が進むので私が好きな季節です。

 

さて本日は、演劇というアートについて書いてみたいと思います。

造形と比べて、見る方も演じるほうも個人的にあまり経験が無い演劇について、アートやアート教育においてどのように捉えて位置付ければ良いのかわからなかったので、劇作家、演出家で、子どもから大人まで、数多くの演劇ワークショップを行われている平田オリザさんのご著書を読んでみました。

2012年に出版された「わかりあえないことから-コミュニケーション能力とは何か」という本です。

http://urx.blue/MxqS

 

コミュニケーションとは何か、という話から本書は始まり、そのわかりやすい定義にも納得をさせられるのですが、教育現場や社会でのこれまでのコミュニケーション教育におけるダブルバインドの解説が特に興味深かったです。それは「思ったことを自由に表現しなさい」と言われる一方で「空気を読みなさい」と言われるといったようなことで、その他の表現教育とも共通する部分が多いと感じました。

 

平田オリザさんの演劇ワークショップでは、役割、状況設定が与えられた上で、セリフは自分たちで考えるというものです。これが、自分とは違う立場にいる人がどのように感じ、どのように言葉を発するのか(発しないも含め)考える機会となり、人生の経験になる、というところが、面白いと思いました。

 

またもうひとつ大切な要素としては、平田さんの演劇ワークショップの表現には正解が無いということです。それはきっと、普段の自分と違う立場を自分ごととして経験し、感情や表現を発見することが大切で、違う立場の人の気持ちを決めつけるものではないからなのではないかな、と感じました。

 

「自由に表現できる環境と機会があり、そこでの試行錯誤を通して自分で発見をする」これが最近私が良いと思っている場なのですが、この本を通して、それが演劇という環境にもある事に気が付かされました。読むまでに購入してから2年も経ってしまっていて、もっと早く読めばよかったです。

 

文化の違いによる言葉の捉え方の違いや、演劇についてなどもとっても面白かったです。秋の夜長の読書にお勧めの1冊です。

 

#わかりあえないことから

#コミュニケーション能力とは何か

個性はinputにもoutputにも発揮される-自分の強みを見つけよう-「8つの知能」で未来を切り開く を読んで

こんにちは!清水葉子です。

今年は全国的に猛暑が続きましたが、みなさまお変わりないでしょうか。

これだけ暑いと毎日生きているだけで自分を褒めたくなりますね。でも本日で8月も終わりなので、あとは涼しくなる一方です!

 

さて、本日ご紹介するのは、東北芸術工科大学の有賀三夏先生が書かれた「自分の強みを見つけよう」です。本書では、ハーバード大学の心理学教授、ハワード・ガードナー氏が生み出した多重知能理論(MI理論)について、わかりやすく解説がされています。

 

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http://ur2.link/LJqD

 

多重知能理論とは、人にはもともと「8つの知能」が備わっていて、それぞれに強い知能(強み:複数の場合も多い)があり、それを意識しながら活動をすることで能力を伸ばすことができる、という理論です。人の知能を測る有名な指標としてIQや学力テストなどがあるため、評価をそこにゆだねがちになってしまいますが、それでは人の知能の1部分しか測れていないため、8つの知能という観点で考えることで、よりその人の知能が見えてくる、そして、8つの知能の組み合わせがあるからこそ、人それぞれの個性、強みも見えてくるということです。

 

私見ですが、IQや偏差値には共通のテストがあり、それによって客観的な数値をつけるというイメージがあります。一方、多重知能理論には、8つの知能について、自分についての強弱を考えるという、自己評価のイメージがあります。能力の伸ばし方についても、どの知能を使っているのかを確認しながら、能力を伸ばしていくという方法なので、自分を見つめ、やってみて、振り返るという、自己を中心とした成長サイクルがつくりやすいように感じました。

 

また、すごく面白いと思ったのが、どの知能が強いかによって、人それぞれ物事の理解の仕方、学び方が違うという点です。これは個人的にも経験してきたことです。例えば図解して説明したほうがわかりやすいだろうと思って図解すると、全然伝わらず、文章化したら理解してもらえたりということがこれまでもあったのですが、それは理解力の優劣ではなく、その人のタイプ、個性の違いなんだと、本書を読んで感じることができました。この考えに基づくと、学校現場でもみんなにとってベストな教え方、というものは存在せず、それぞれが自分に合った学習方法を選べるということが、それぞれにとってのベストになる、ということになりますね。

 

これからの学習環境はどうあるべきかということに思いをはせながら、とても楽しく読むことができました。1つの尺度だけで判断されたり、1つのやり方しか選べない環境を息苦しく感じている人にはぜひ読んでいただきたい1冊です。8つの知能についての詳しい解説もされています。

 

有賀先生は、この多重知能理論に基づき、人の創造力を引き出すための方法の研究、実践を行われています。それについても先日取材をさせていただきましたので、あらためてこちらのブログでご紹介できればと思います。

 

↓有賀先生のこちらのご著書もぜひ。

arts.hatenablog.jp

 

#自分の強みを見つけよう

#「8つの知能」で未来を切り開く

これからの教育ではより個が注目される -「未来の教室」とEdTech研究会「第1次提言」を読んで

みなさまこんにちは!清水葉子です。ブログ、久しぶりの更新です。先日、経済産業省の教育に関する有識者会議「未来の教室」とEdTech研究会から第1次提言が公表されましたね。

 

研究会の目的は、日本社会が「創造的な課題発見・解決力」をつけること。

大学、中学校・高等学校、企業、メディアなどの有識者による11名の委員を中心としたメンバーによる4回の会議と、現役の大学生・高校生・中学生や公教育・保育関係者、学習塾やEdTech企業、人材派遣企業等が参加した計5回のワークショップの結果が、提言書としてまとめられたものです。以下のページから、PDFファイルをダウンロードして閲覧できますので、ご興味のある方はぜひお読みください。

 

www.meti.go.jp

 

私も提言書と参考資料を読ませていただき、インターネット環境を前提とした技術をうまく取り入れたり、先生の関わりや、探究の機会を提供することにより、これまでより個人にフォーカスした学びの環境が実現できるようになるのでは!と可能性を感じました。私なりの解釈も入ってしまうかもしれませんが、可能性を感じたいくつかのキーワードを取り上げます。

 

◆学びの生産性

学習にかけた時間に対し、どのくらいの能力が得られたかを表す言葉。提言では従来型の一斉授業や教科ごとに系統立てられた知識を覚えるよりも、もっと生産性の高い学び方があるのでは?という提言がなされています。

 

◆学習者中心

学年や年齢、その人がいる場所によって学べる内容が限定されるのではなく、学習者本人が学びたいことを、学びたいタイミングで、自分に合った学び方で学べる状況です。EdTech(教育改善に貢献するテクノジー)によって、例えば授業動画やオンラインレッスンをすることで、学習者への細かな個別対応が可能になるとともに、個々の学習記録をAIが解析して、これから学習(復習)すべきところを教えてもらえる、という仕組みは、すでに可能になっているようです。

 

◆先生の役割の多様化

これまでのように全員が「教える先生(授業をして知識を授ける)」になるのではなく、生徒一人ひとりの学習状況を把握し個別に対応したり、子どもの探究、思考を育てるために、生徒に問いかけをしたり、寄り添ったり、生徒どうしの学び合いを助ける役割が、これからますます先生にもとめられるようになるのでは?という問いかけがありました。

 

◆個人が責任を伴う「自由」を手に入れて幸せに生きる

決められたことをうまくやる以上に、自分なりの問いを立てて、自分なりのやり方で、自分なりの答えにたどり着く力が、これまでよりもさらにもとめられる社会になりそうです。自分も自由で、他者も自由であるためには、どうすれば良いのか?提言ではひとつの方法が示されてはいますが、他にもありそうです。

 

 

テクノロジーの発達により、学校で先生という人からしか受けられなかった知識の伝授が、どの場所からでも、対何人でも、可能になった。だから、それぞれが今学びたい内容を学びたいペースでも学べるようになった、というのが、Ed-Tech導入の一番の効果だと思います。

 

ではそれを使って実現できる教育は何か?関連して変わるのは何なのか?というと、

実現できる教育は・・・・

・それぞれの学習効率が上がる

・それぞれが学びたいスタイルで学べる

・それぞれが自分の興味関心を深められる(そこに時間が使える)

 

関連して変わるのは・・・・

・先生のあり方、関わり方

・校舎などの具体的な場所の使い方

・学習ソースの集め方(学校外からも得やすくなる)

 

といったところでしょうか。

 

提言書にはこのような問いかけ+それぞれの具体的方法の案が多く出されています。これから教育に関わる人達がアイディアを出し合い、試行錯誤をしていく必要があると思います。

 

ここからは個人的な見解ですが、この方向性がより具体的になり、学習指導要領の改訂や、今の学校の規制緩和にもつながれば、とても魅力的な未来の教室が出来上がるのではないかと思います。

 

そしてそうなった時にこれまでよりもずっとフォーカスされるのは「個(個人)」。自分に必要なものを選び取り、自分にあったやり方で進めていくには、自分についてよくわかっているとともに、自分が向かっていく(向かっていきたい)方向も見えている必要があります。この個をどうやって確立していくかについては、提言書でも記載はありますが、詰め切れていないのではないかなあ、というのが、個人的な感想です。もっというと、この部分にアート教育が求められている気がしてなりません。具体的なアイディアもありますが、またあらためて書きたいと思います。

 

みなさんがこの提言をお読みになってどう思われたかも、ぜひうかがいたいです。

専門分野に自然に触れられる環境づくり ―甲南大学フロンティアサイエンス学部の「マイラボ」

みなさまこんにちは!清水です。先日、神戸のポートアイランドにある、甲南大学ポートアイランドキャンパスを見学させていただきました。甲南大学さんは、以前ブログでも紹介させていただいた岡本キャンパスの他に、ポートアイランドキャンパスと、西宮キャンパス(西宮市)があります。こちらのポートアイランドキャンパスにあるのが、フロンティアサイエンス学部です。

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フロンティアサイエンス学部で学ぶのは、バイオテクノロジーとナノテクノロジーを融合させた「生命化学(ナノバイオ)」。医学、農学、工学、生物学など、既存の学問の領域を超えて学び、今社会で必要とされている分野の専門性を高めていきます。1、2年次から実験もしながら専門科目を広く学び、3年次より、専門領域を絞っていきます。

 

ポートアイランドキャンパス事務室の、木下 朋和さんに、施設をご案内いただきました。(年度末のお忙しい中、本当にありがとうございました!)

建物内は、理系に特化したキャンパスならではの設備やデザインとなっています。

 

↓こちらは、実物の10億倍のDNAの模型。構成が忠実に再現されているそうです。

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巨大な地球儀の内部は、落ち着ける図書室になっています。

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実験設備や環境も充実しています。

 

今回見学させていただいた中で、特に面白いと案じたのが「マイラボ」というスペースです。1年次から学生1人ずつに専用デスクとロッカーが準備されていて、いつでも自由に使うことができます。

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まるでオフィスのようです。電源もインターネット環境もある、素晴らしい環境ですね!授業の空き時間にここで勉強したり、課題に取り組んだりできるため、入学時から居場所に困るということはなさそうです。

 

それだけでなく、マイラボには様々な工夫がされています。まず、1年生から3年生まで、あえて学年をバラバラにして席を配置しているため、自然と学年を超えた交流が生まれます。勉強のこと、生活のこと、専門分野のことなど、先輩から色々と教えてもらうことができそうですね。

 

また、マイラボは、4つのフロアに分かれていて、それぞれが4つの研究ゾーン(「有機化学・高分子化学」「無機化学・ナノテク」「核酸・ナノバイオ」「細胞・バイオ」)に隣接しています。半期ごとに席替えがあり、1年生、2年生は全てのフロアを経験することになるそうです。それぞれの研究ゾーンに所属する3年生の話を日々聞けますし、研究室の雰囲気も、感じ取ることができます。これが、3年次の専門分野専攻の際のミスマッチを防ぐそうです。

各研究室や実験室はガラス張りになっているので、どんなことをしているのか、観察することができるようにもなっています。

 

実験が多い研究室では特に、所属すると長い時間を過ごすことが多いですから、研究内容はもちろん、先生や先輩の雰囲気も気になるところです。研究内容についても、名称から抱いていたイメージと、実際の研究内容に少しズレがある、ということもあるでしょう。日常的に雰囲気を感じられたり、直接話を聞ける環境にあると、研究室の選択前に、時間をかけて考えることができそうです。また、4年生、大学院生と専門性を高めていく前に、他の分野のことや研究室の存在を知っておくことも、将来的に役立ちそうです。

 

キャンパスの設計にあたっては、甲南大学の先生方が色々なアイディアを出されたそうです。マイラボや全体のゾーニングなど、学生さん達が学びを深めていくための環境がよく考えられていると感じました。

 

見学をさせていただき、ありがとうございました!

 

甲南大学さんのホームページはこちらです

www.konan-u.ac.jp

 

↓岡本キャンパスiCommonsの記事はこちらです。

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経済的に自立するためのデザインとは―「世界を変えるデザイン」を読んで

みなさまこんにちは!清水葉子です

本日は、デザインについての書籍紹介をさせていただきます。

 

「デザインは誰のために、また、何のためにあるのか?」

この大きな問の中でも「誰」について、ぐっとフォーカスして考えられるのが、

「世界を変えるデザインーものづくりには夢がある」です。

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こちらの原題は「DESIGN FOR THE OTHER 90%」で、2007年にアメリカのスミソニアン/クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館において開催された展覧会のタイトルとなっています。本書は、その展覧会の記録です。

 

「The other 90%」とは、世界の全人口の90%の人たちを指します。2007年当時の数字でいうと、世界の全人口65億人のうち、90%にあたる58億人は、最も基本的な製品すら買えないという状況にあり、生活の向上をのぞんでいてもなかなか叶えられないという状況にあるそうです。

 

その人たちのために、デザインで何ができるか。特に「もの(製品)」とそれをとりまく環境のデザインで、どうやって経済的な自立をうながせるか。この書籍では、そこにフォーカスしたプロジェクトや製品が数多く紹介されています。

 

本書の中で特に面白いと思ったのが、本書で紹介されている多くのデザイナーが、貧困層が何を必要としているのかにフォーカスすることから、デザインをスタートさせていることです。例えば安価な農業用器具を開発、販売している「キックスタート」を設立したマーティン・フィッシャー氏は、本書の中で「貧困層が最も必要としているのは、金を稼ぐ方法だ」と述べています。例えば灌漑のためのポンプが自分達で買えるほどの価格で、それを使うことですぐに収入が増え、元手を回収できるものであれば、彼らはそれを買い、収入を増やし、経済的に自立することができます。そこに必要なのは、最新式でパワーが最大の機械ではなく、現在の仕事の規模に適した、自分達の手が届く価格の製品をデザインすることなのです。

 

その他の製品、提案についても、貧困層の人たちの生活や時間の使い方、優先順位をよく観察した上でデザインされているのが、興味深かったです。住む場所を奪われたりという状況ではなく、継続して暮らす中でつづく貧困であれば、何かその暮らしの中にヒントがあるようです。

 

また、「持っている、知っている私達」から一方的に支援をする、ということではなく、お互いが置かれている違いや、どうなりたいかを考えた上で、自立するためのツールを具体的にデザインし、提供する(購入してもらう)、という流れからは、貧困層の方々の意思を尊重しているからこそできることがあると感じました。

 

そしてこの展覧会をコーディネートしたキュレーターのシンシア・スミス氏は、デザインの力や、世界の状況を、展覧会を通して多くの人にわかりやすく伝えるための場をデザインすることに成功していると言えますね!

 

2011年には「DESIGN WITH THE OTHER 90% CITIES」という、都市に住む貧困層をテーマにした展覧会も開かれています。こちらは「もの」はもちろん、コミュニケーション、コミュニティをどうデザインするかについても多くのプロジェクトが紹介されていますので、読み比べてみても、面白いと思います。

 

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「ティンカリング」が学びを発明するー「作ることで学ぶ―Makerを育てる新しい教育のメソッド」を読んで

みなさまこんにちは!清水葉子です。前回の投稿から2週間あいてしまいましたが、今年度も、教育とアートについて発信をしていきます。よろしくお願いいたします。

 

さて本日は、こちらの書籍をご紹介します。

「作ることで学ぶ―Makerを育てる新しい教育のメソッド」

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https://amzn.to/2qd3ao5

 

この本は、プログラミング、ロボット教育など、新しい技術を用いて教育を改善する活動をされている、シルビア・リボウ・マルティネス氏、ゲイリー・ステージャー氏により2013年に書かれた「Invent to Learn」が、2015年に日本語に翻訳、加筆されたものです。

 

プログラミングやメイキングを具体的手法として挙げながらも、それをゴールとするのではなく、それらを思考力を伸ばし、学びを促進するための手段として用いる、という方針が、全編にわたり貫かれています。

 

原書のタイトルにもなっている「Invent to Learn(学ぶために発明する)」は、スイスの心理学者、認識論者のジャン・ピアジェの著書「To Understand is to Invent:The Future of Education(理解することは発明すること:教育の未来)」にも関連しています。この理論は「構成主義」というのですが、人が何かを学ぶ時、そのまま知識を受け取るのではなく、自分の中でもう一度知識を組み立てなおして理解する、という考え方です。その組み立て方は人によって異なるため、それぞれが学びの構造を「発明する」必要があるということになります。

 

ではどうすればそれぞれが学びの構造を発明できるようになるか、その鍵を握るのが「ティンカリング」であると、本書では位置付けられています。ティンカリングとは、あれこれ思いつくままに知恵を絞り工夫する、いじくりまわすという行為を表す言葉です。この方法を提唱したのが、メイカー・ムーブメントをけん引したシーモア・パパート氏で、構成主義の考えかたに基づき、思考を頭の外に出して見えるようにし、手を使って試行錯誤することで、学びの構造を発明しやすくする、という理論「構築主義」として確立されました。

 

以前にこちらのブログにも書きましたが、パーソナルファブリケーションが可能となり、個人がコンピュータやそれに関連した道具を使って、安価に試行錯誤ができるようになった今、教育現場にティンカリングを取り入れることがとても容易になっています。パパート氏は教育のためのプログラミング言語や教育プログラムを開発することで、学びの環境設定に尽力しました。本書でも、環境の整え方、教師の関わり方、プログラムの案、道具のそろえ方など、実践に向けてのたくさんの手法が紹介されています。

 

「学び方はそれぞれが見つけるもの」というスタンスはまさに学習者中心の考え方といえるでしょう。手法は様々あると思いますが、例えば校内のあちこちにティンカリングができる場がある、という環境は、とても素敵ですね。そんな環境を実現するためのヒントがちりばめられている本書、お勧めいたします。

 

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建築家ラルフ・アースキンと教育空間

みなさま、こんにちは!清水葉子です。

今日は、スウェーデンの建築家、ラルフ・アースキン(Ralph Erskine)と、彼の携わった教育空間についてご紹介したいと思います。

 

Ralph Erskine (architect) - Wikipedia

 

アースキンは日本ではあまり知られていませんが、イギリスで生まれ育ち、20代でスウェーデンに移住した後、生涯、スウェーデンを中心に多くの住宅、集合住宅、時には街区全体の設計に関わった建築家です。今ではスウェーデンは豊かな住空間、デザインを取り上げられることが多い国ですが、アースキンが移住した1940年代は、都市部への人口集中と質のあまり高くない住宅供給で、いわゆる富裕層ではない一般の人達の住環境は、貧しいものだったそうです。低予算でも色々な工夫をし、人々が自由に、楽しく過ごせるような空間づくりをしたのがアースキンでした。ご自身も、冬はスキーを楽しみ、夏は事務所ごと船で島に移動し、バカンスを楽しむなど、生活を楽しむ方でした。

 

□ヨテボリの客船ターミナル内部カフェ

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□フレスカシ大学図書館

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これらは比較的後期の建築ですが、大きな空間内に色々な要素が入っていて、色々な場がつくられています。

 

□アースキン自邸

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ご自宅もそうですね。奥のソファに座られているのが、アースキンです。2000年にインタビューをさせていただいた時の写真です。

 

なぜそのような空間をつくるのかという問に対して、「建築をデザインする時、visionalismを大切にしているからです。人々が建物の内部をどのように歩き回るか、何を感じ、どんな経験をするのか。親密な場がどうつながれるのか。空間の中で、様々な経験ができることが大切だからです」と答えてくださいました。

 

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上の2枚は、フレスカシ大学図書館の、設計段階のスケッチです。ほとんどの建築家は、設計段階のパース、スケッチを描く際、建物がメインで、人は空間の大きさを把握するためにシルエットを入れるだけです。人を手前に持ってきて、表情豊かに描きわける、というのはとても珍しくて、アースキンの設計姿勢が表れているなあ、と思わされます。

さてそんなアースキンが小学校を設計すると、どのようになるのでしょうか。

□ユットルプの小学校

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※写真は「Ralph Erskine, Architect」より転載

 

こちらは、比較的小規模な地区、ある工場に勤務する人たちのためにつくられたエリアに併設された小学校です(私は残念ながら見ることができなかったのですが、子ども達がすごくいきいきと過ごしている写真を、見せていただくことができました)。

 

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学年ごとにゾーンが分けられ、1年生は住宅のような雰囲気、高学年になると教室がだんだん学校の中心部に近くなってきています。

 

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子ども達の動きを描いたスケッチからも、4、5、6年生が教室を飛び出している様子がわかりますね。

この設計にともない、アースキンは

「what a school wants to be」というメモを残しています。それぞれの場所や子ども達の成長について書かれているのですが、特に最後の部分をご紹介します。

 

「学校は、人生においてはじめて体験するコミュニティーであり、それを恐れる感情を伴う最初の道である。そして、学校という道を通り過ぎた後に、自我が確立される。(中略)自我は学校の一部でもあり、学校は自我のためにある。それは社会や自然の一部というだけではなく、子ども達のコミュニティであり、彼らの親や大人たちのものではない」

 

ちょっと唐突で駆け足なご紹介ではありましたが、アースキンのデザイン姿勢や考え方、今学校現場でテーマとなっていることに、近い部分が多いと思い、ご紹介をさせていただきました。