没入学習が、イノベーションを起こせるジェネラリストを育てる 1→10drive 梅田 亮さん、森岡 東洋志さんインタビュー その1
こんにちは。清水葉子です。先日、「イノベーションのためのアート・デザイン教育とその可能性―STEMからSTEAMへ」というタイトルで、私学マネジメント協会が発行している雑誌に記事を書きました。 その過程でどうしても、1→10drive(株式会社 ワン・トゥー・テンドライブ)さんにお話しをお聞きしたい!と思いまして、お忙しい中お時間をいただきました。色々な企業がある中で、1→10driveさんは、技術とデザインの関係性がとてもフラットで、かつ、その両面が優れたコンテンツを生み出されている、と感じているからです。
代表取締役CEOの梅田 亮さん(写真左)、同社執行役員CTOの森岡東洋志さん(写真右)にお話をうかがいました。
1→10driveは、映像、プロダクトなど、幅広い手法で人の気持ちを動かしたり、感動を与える仕組みをつくる会社です。キーとなるのは個人の「体験」。例えばかっこいい映像に驚いたり、触って反応があったり、これまで見たことが無い製品だったり。そういう心が動く瞬間を作りながら、ユーザーを増やしていく。1→10driveが手掛けるほとんどのプロジェクトがそのような「体験」をつくることを目的としています。そして、提供する体験はプロジェクトによってさまざまです。
人の気持ちが動くきっかけとして、ほんの10年前まではマスメディアが圧倒的に強かったのに、個人の発信力が高まった今、その地図は大きく変わっているといいます。
そこでキーになってくるのは個人の「体験」。例えばかっこいい映像に驚いたり、触って反応があったり、これまで見たことが無い製品だったり。そういう心が動く瞬間を作りながら、ユーザーを増やしていく。1→10driveが手掛けるほとんどのプロジェクトがそのような「体験」をつくることを目的としています。そして、提供する体験はプロジェクトによってさまざまです。
「業務を限定しないために、色々な分野のプロフェッショナルが集まっているのが、弊社の特徴です。CGのプロフェッショナルが数人、デザイナーが数人、プログラマーが数人、といったようなメンバー構成とすることで、柔軟なアウトプットが可能になるからです(森岡さん)」クライアントからの相談は、「何度も訪れてもらえるような展示を」のような、目的先行型のものもあるそうです。「そこから社内で相談し、目的を達成するために映像で説明したほうがよければ映像のチームをつくりますし、アプリケーションをつくったほうがよければ、エンジニアを使ってプログラムを書いてアプリケーションを作るし、Webサイトを作ったほうがよければWebサイトをつくります(森岡さん)」
たとえば2015年の冬季に京都水族館で行われた「雪とくらげ」というインスタレーションでは、「お客さんを呼ぶシーズン限定のコンテンツをつくりたい」「地元以外の人も来て欲しい」「飼育員も納得感があるものを」という相談を受けて、どういうコンテンツをつくれば解決できるのかを、社内の方達を中心に、チームをつくって検討していったそうです。「まず、映像的なビジュアルとしては、あまり水族館になじまない映像をつくってしまうと、生き物を見に水族館に来るお客さんと、プロジェクションマッピングを見に来るお客さんが乖離してしまう。そうすると、飼育員さんたちが、「これって別に水族館でやらなくてもいいよね」という感想を持ってしまいます。なので僕らは、水族館じゃないといけないプロジェクションマッピングにしたいと思い、くらげを中心とした映像を決めていきました。また、インタラクションをつけたのは、映像のプロジェクションマッピングだと、お客さんのリピート率が高くなく、長期間実施していると客足がにぶってしまいます。インタラクションをつけると、リピート性があがるし、子どもというターゲットも取り込めるというねらいもありました(森岡さん)」さらに、映像の表現詳細や、リピートをねらった映像の変更、京都らしさなども加えていったそうです。
このように最初の段階から、デザイナー、エンジニアが会議に入り、話し合いを進めていくことが1→10driveさんの基本方針のようですが、専門性の違うメンバーがコンセプトから話し合いを進める難しさはないのでしょうか。
「たしかに、デザイナーはグラフィック、モーションデザイナーはアニメーション、プログラマーはプログラムというように、自身の解決方法を持っていますが、全員の中心にあるのは(ユーザー側の)「体験」です。例えば触れると波紋が広がる映像があったとして、波紋が出るのが、5秒遅延していたら気持ち悪いよね、という体験の課題を、プログラマーだったら処理を早くすることで解決できるし、デザイナーだったら波紋の出方にためをつけてあげれば一続きのアニメーションに見えるかもしれないからグラフィックで調整できるかもしれない、というように自分達の得意分野の中で、ユーザーの体験をどう良くできるかを提案していきます。このように「体験」が中心にあるので話題がかみあわないということはあまりないですね。逆に言うと、エンジニア目線でどうこうという話はその場ではしなくて、それはすごく手前の段階ですませておくようにします。自分の制作者としての立場をいったん脇に置き、どうすれば全体が良くなるかを考える。そういう力を持った人が協業しやすいですね(森岡さん)」
梅田さん、森岡さんによると、それぞれの専門性を持ちつつも、他の領域にもリーチして考えられるジェネラリストが、新しいものを生み出す環境では、重要な役割を果たすそうです。特に1→10driveでは、「体験」をデザインできることが重要で、デザイナーはもちろん、エンジニアにもその能力が求められることになります。
「これだけ情報があふれる世の中ですから、1つのことのプロフェッショナルは、すごく人口が限られるようになっていくんじゃないかと思います。第一人者がいればよく、1.5流のことが1つできる人は、たぶんジェネラリストも1.5流くらいにはなれるので、そういう人たちに1種類の1.5流の人は勝てないかもしれません。1.5×複数がないと、これから生きていくのは大変なのではないかなと(梅田さん)」とはいえ、1→10のみなさんは常に技術をみがいていらっしゃるのが、すごいところです。
「特に技術の分野は新しいものがどんどん出てくるので、日々新しいインプットが必要です。新しいプログラムやソフトは触ってみないとわからないし、前までできなかったけどできるようになったことを見つけようとしています(森岡さん)」
1→10のみなさんのような、イノベーティブかつ専門性を持ったジェネラリストはどう育つのか、というと、その鍵は「没入」と「モチベーション」にあるようです。
「中学生くらいの年齢の子に言うとしたら、何かひとつ、なんでもいいのでモチベ―ディブにやってみな、ということですね。部活動でも何でもよいので、やってみるのが良いと思います。漫画でもお絵かきでも、マンホールの蓋を写真に撮るでも、追及するのはなんでも良いと思います。親や周りからくだらないとか、そういうのはやめなさいと言われても、そういうことにとらわれないで、好きだという気持ちに素直になって、続けることが大事だと思います(梅田さん)」
好きなことを見つけ、没頭する中で知識や技術を身に付けて行く。そしてまた次の好きなことを見つけることで、その人の強みが増えていくそうです。
(続きます)
↓1-10driveさんのホームページはこちらです。
↓その2はこちらです。
デザインを社会とつなげる!―近畿大学文芸学部文化デザイン学科
みなさんこんにちは。清水葉子です。
先日、日本インダストリアルデザイナー協会のツアーに参加させていただき、近畿大学東大阪キャンパスを見学させていただきました(過去2回のブログをご参照ください)。
最後に、施設を案内してくださった、文芸学部文化デザイン学科の先生方に、文化デザイン学科について、お話をうかがうことができました。
お話をうかがったのは、
文芸学部 文化デザイン学科デザイン系の
岡本清文先生と柳橋肇先生です。
↓お話をうかがったゼミ室
近畿大学文芸学部には、文学科(日本文学、英語英米文学)、芸術学科(舞台芸術、造形芸術)、文化・歴史学科があり、文化デザイン学科は2016年4月に開設された、新しい学科です。
文科系の学部の中にあるデザイン学科。どのような学科なのでしょうか。
文化デザイン学科の立ち上げにあたっては、社会の幅広い分野で、デザインが必要とされているという認識が背景としてあったそうです。仕事の領域を超えてデザインが必要とされている状況の中で、日本のデザイン教育は技術を教える比重が高く、デザイン的な思考を育てたり、デザインについて幅広く学べる機会が少ないそうです。
「日本のデザイン教育は、ずっとデザイナーを育てようとしてきたと思うんです。ただ少し発想を変えると、デザインを発注する側、クライアントが洗練されて、センスがあると、とても良いものができるのです(岡本先生)」
「大学のあるここ東大阪にも中小企業はたくさんありますが、デザイン部を抱えているような企業はほとんどなく、最近は、自社でもオリジナル商品をつくりたいなど、デザインに対するニーズは出てきています。必然的に外部に発注する形になるのですが、デザイナーの選び方からわからない場合が多くみられます。そういった会社に、営業でも企画でも、ポジションはなんでも良いのですが、デザインを理解している人材がいると、社内の企画からデザイナー選択、プロセス管理までがスムーズにいくと思うのです。もちろん実際に手を動かす人も育てたいと思っていますが、ひとつの人材イメージとして、こういう形もあると思っています(柳橋先生)」
優れたデザインは、発注者があってこそ、生み出されるものですよね。より多くの人が良いデザインを享受するために、デザインをプロデュースする役割は、これからもっと必要とされそうです。
この学科での学びは、もう少し広い範囲でも応用できそうです。
「これからの時代、営業職であっても、クライアントとの会話の中で出てきたアイディアをわかりやすく形にできたほうが、仕事が進んでいきますよね。アイディアやプロセスをぱっと図解する力は、全ての仕事で発揮できると思います(岡本先生)」
では具体的に、どのような教育が行われているのでしょうか。
文化デザイン学科は、感性学系、デザイン系、プロデュース系の3つの系があるのですが、3年次前半までは系を横断する形で幅広く学んでいきます。
感性学系では、人の活動や行動に影響を与える感性について知識を深めるため、日本と西洋の文化史、感性文化、視覚文化、表象文化論、などをしっかりと学びます。
デザイン系ではデザイン史とデザイン論について、実習も含めて学びます。プロデュース系では、コミュニケーション、プロデュースについて学んだあと、接続する社会についても様々な角度から学んでいます。産学連携プロジェクトも同時進行で進んでいて、たとえば「ホスピタルアート」のプロジェクトでは、病院と連携し、美術展や演劇パフォーマンス、音楽会などを院内で開催することで、患者さん達を精神的にも癒す活動をされているそうです。
デザインの基礎を技術も含めしっかりと学び、デザインが社会とどうつながっていくのかを考えながら実践的なプロジェクトに関わることで、デザインの社会への応用やプロデューサー的感覚を身につけていけるのでしょうね。岡本先生は建築、柳橋先生はプロダクトデザインと、それぞれ実務のご経験があることも、デザインと社会の接続に大きな効果をもたらしていると、お話をうかがっていて、あらためて思いました。
卒業後の進路としても、デザインはもちろん、ビジネス、起業、コミュニケーション、マーケティング、マスコミ公務員など、幅広く想定されているそうです。
ツアー参加者の中からも、企業の様々な場面でデザインの思考、能力が求められているという実感をともなった感想、意見が多く出されていました。
ツアーに参加させていただき、また、デザインについての色々なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。今は1年生と2年生の2学年が在籍する新しい文化デザイン学科。今後どのように学びが進められ、卒業生がどのように巣立っていくのか、楽しみですね。
様々な「知」が同居する空間―近畿大学アカデミックシアター
こんにちは。清水葉子です。
先日、日本インダストリアルデザイナー協会のツアーに参加させていただき、近畿大学東大阪キャンパスを見学させていただきました。
本日は今年4月に完成したばかりのアカデミックシアターについて書きます。
館内模型を使ってご説明しますと、
アカデミックシアターは5つの建物で構成されています。
1号館:インターナショナルフィールド ラーニングコモンズ、インターナショナルスタディーズエリア、インターナショナルラウンジ、インターナショナルセンターからなる留学生との交流、語学学習のためのエリアです。
2号館:実学ホール/オープンキャリアフィールド 実学ホール、オープン・キャリアフィールドからなるエリアで、就職支援、学生と卒業生、社会人との交流のためのエリアです。
3号館:ナレッジフィールド 自習室、グループ学習のためのエリアです。
4号館:アメニティフィールド カフェ、ラウンジを中心としたエリアです。
そして、5号館、小さな建物の集合のように見えるのが、今回ご紹介します、ビブリオシアターです。
いったい中はどうなっているのでしょうか?
内部はこんな空間となっていて、約20棟のほぼ正方形の2層の建物を、回廊がつなぐ形となっています。写真は1階部分で、手前が回廊、奥が正方形の建物となります。
各棟には「ACT(アクト)」と呼ばれるガラス張りの部屋(1階、2階合わせて42室)と、書架があります。1階には書籍が中心となった3万冊、2階にはマンガが中心の4万冊です。
1回書架
2階書架
それぞれ分類のタイトルがおもしろく、手にとって読みたくなります。この計7万冊とは別に、図書館はあるそうですから、その蔵書量に驚きます!
こちらもアクト(個室)の1つ。模型や図面が展示されていました。42室あるこれらの場所は、大学内の研究室やゼミ、場合によっては学生のグループが仕様を申請し、半期ごとに審査、許可がされるそうです。
館内には色々な場所があり、4号館にある2か所のカフェとも接続しています。
入り組んだ路地に色々な空間がある、町のような場所でした。
見学させていただき、ありがとうございました!
↓近畿大学 アカデミックシアターのホームページはこちらです。
遊びながら英語を学ぶ―近畿大学英語村 e-cube(イーキューブ)
みなさんこんにちは。清水葉子です。
先日、日本インダストリアルデザイナー協会のツアーに参加させていただき、近畿大学東大阪キャンパスを見学させていただきました。魅力的な施設や教育を順に紹介させていただきます。
近畿大学東大阪キャンパスの西門を入るとすぐ左手に、木とガラスでできた建物が目に入ります。こちらが2006年11月にオープンした英語村e-cube(イーキューブ)の建物です。
英語村のコンセプトは「遊びながら英語を楽しく学ぶ」。英語嫌いだと英語はうまくならない、勉強に遊びを取り入れるのではなく、遊びを中心に置き、結果学びにつながることを大切にされているそうです。
基本設計は、文芸学部文化デザイン学科教授の岡本清文先生。
遊びながら英語を学ぶというコンセプトを形にするために、小部屋にわかれた建物ではなく、1つの大きな箱にコミュニティを詰め込む形とされたそうです。
18m×18m、高さ10mの建物内部は、柱が1本も無い大空間となっています。
柱の無い空間、かつ、構内の他の建物にはない雰囲気を作り出すために、岡本先生が採用されたのは、集成材のオールドライ工法。もともとは梁材として使う大断面集成材を、菱垣上に組み上げることによって、柱の無い空間を実現させました。
内部から見ると、このように明るく、開放感のある雰囲気になっています。左手はアクティビティスペースとなっています。ちなみに、1歩こちらの空間に入ると、発して良いのは英語のみです。
専属スタッフによって、毎日何かしらのプログラムが実施されていて、学生達は予約なしで気軽に参加することができます。授業の間に立ち寄る学生も多いそうです。
所属スタッフは20名超。国籍も様々です。
さきほどの写真の右手に映っているのがカフェ。英語で注文します。
このように明るい大空間の中で、お茶をしている人もいれば本を読んでいる人もいる、アクティビティに参加している人もいる、という状況は、たしかにリラックスできて良いなあ、と感じました。
レッスンのように小部屋に入った瞬間ネイティブの先生とばっちり目が合う、という環境は、英語が苦手と思っていると、つい委縮してしまいますよね。ちょっとお茶を飲みに行こうかなー、という気持ちで英語村にやってくる、というのは、心理的なハードルを下げますね。普段は学生向けですが、長期休暇には一般に開放されることもあるようですので、お近くの方はぜひ行ってみてください。
↓英語村のページはこちらです。
北欧の事例から日本の教育空間を見つめなおす―垣野 義典先生インタビュー その3
みなさんこんにちは。清水葉子です。
前回に続き、東京理科大学の垣野義典先生にうかがった、教育空間についてご紹介します。
ICT+個別学習+空間設定で、広がる可能性
最後のテーマは、ICT導入の可能性についてです。
↓垣野先生撮影 フィンランドの小学校の教室の様子
フィンランドでは、2016年より、小学校のプログラミング教育が必須となったこともあり、教室でもICT化は進んでいます。
「スマートボード」という電子黒板が普及していて、上の写真のように、教室には黒板とホワイトボードも併設されているのですが、それらは授業や一日のタイムラインの表示や、連絡事項に使われているそうです。併せて実写投影機も準備されています。
「スマートボードの導入によりまず変わるのは、先生の体の向きです。板書が無くなることで、先生の体が常に児童のほうを向いた状態になるため、先生が教室の様子を観察しやすくなります。また、教材をスマートボードに映すことで、教師が見ているものと児童が見ているものが同じになり、結果目線が揃います(垣野先生)」
日本のICT導入とフィンランドのそれを比較すると、日本では動画導入によって教科書内容の理解を深めることに重きが置かれていて、フィンランドでは先生と生徒のコミュニケーションに重きが置かれているようです。公立でICTの導入が進んでいる東京都荒川区の小学校では、iPadに複数学年の教材が入っていて、つまずいた単元を自分で復習できるそうです。例えば5年生の児童が3年生の教科書を教室で開くのは、周囲の目もあって恥ずかしいのが、iPadだと周囲には気づかれず、自分のペースで学習ができるので良いのだそうですが、フィンランドでも個別学習の支援は進んでいて、先生が児童の課題進行具合、どの問題が解けていて、どれが解けていないかを管理できているそうです。
生徒が空間内に分散して滞在し、自習、個別学習時間の時間も一定数あるフィンランドやスウェーデンでは、ICTの活用がその運営をスムーズにしていけますね。
日本でも、ICT+個別学習+空間のセットで考えることで、新しい展開が考えられるのではないかと感じました。例えば、自主性を育てながらも、まだフォローが必要な部分は、ICTの活用で、生徒も先生も安心して新しい環境に取り組めるかなと。
さて、全3回読んでいただき、ありがとうございました。
今回垣野先生にお話しをうかがい、新しい視点をたくさんいただきました。
まず、学校はどういう場なのかという前提条件がとても大切だということ。「もうひとつの家」なのか「オフィス」なのか「集団行動の場」なのか。また、誰のための場として想定するかにより、全く違う場になるということ。自身の経験上、考えずに当たり前だと思ってしまっていることを、もう一度考える必要があると思いました。
次に、空間だけに頼るのではなく、運営についてもきちんと考えること。空間が自主性を育てられるようにつくられていても、先生の指導スタイルが、徹底的な監視であれば、思うような成果は得られないと思いますし、結果的に使い勝手の悪い空間と感じる可能性もあります。
最後に、空間リテラシーは大切だということ。空間ボキャブラリーと言い換えても良いかもしれません。生徒はもちろん、先生にとっても、こういう時はこういう場が良いという引き出しがあれば、目的にあった様々な場がつくれると思います。垣野先生や他の学校建築計画をご専門とする先生方には、小学校のオープンスペースをどのように使ったらよいかわからないという問い合わせや依頼なども多いそうです。日本では子どものころから空間づくりについて学ぶ場が少ないので、大人にも、子どもにも、空間リテラシー教育の機会を設けていく必要があるのかもしれません。
今回インタビューをさせていただき、私自身、「学校ってこういうもの」という前提を気付かないうちに持ってしまっているんだなあと思いました。垣野先生、たくさんの発見をありがとうございました!
↓これまでの記事はこちらからお読みいただけます。
北欧の事例から日本の教育空間を見つめなおす―垣野 義典先生インタビュー その2
みなさんこんにちは。清水葉子です。
前回に続き、東京理科大学の垣野義典先生にうかがった、教育空間についてご紹介します。今回は「主体性」がテーマです。
↓前回の記事はこちらです
前回のお話から、フィンランドの方達は空間リテラシーが全体的に高い、ということがわかりました。子ども達も家庭でそういった力をつけていることがうかがえますが、空間リテラシーは学校でも育てられているのでしょうか。
「子どもが自分達で活動する空間を選ぶことは、空間リテラシーが高まることにつながります。場が変わることで気持ちの切り替えができますし。そうやって場の選択を繰り返していると、自分に合った場や、『この作業にはこの場が適している』という感覚が育ってきます(垣野先生)」
自分で考え、試行錯誤できる機会の提供に、場の選択も一役かっているようです。また、教師と児童の関わり方も日本とフィンランドで違いがあるそうです。日本だと、先生が正解を持っているという認識が先生にも生徒にもあり、そのため生徒がおそるおそる発言するという状況が散見されるようですが、フィンランドでは、それが少ないため、生徒が疑問や感じたことを自分の言葉として発言しやすいそうです。空間の選択についても正解を求めない、ということなのでしょう。
主体性を育てるために、組織環境と空間環境の両方を整える
もうひとつ興味深かったのは「空間だけでは主体性は育たない」ということです。考えてみれば当然かもしれませんが、空間は活動を内包するものなので、その活動と、空間が、マッチして初めて、その空間は機能するわけです。
フィンランドでもスウェーデンでも、小学校の6年間(もしくは中学校までの9年間)で、生徒の主体性が育つ関わりがされています。その一つが「プロジェクトブック」だそうです。
「小学校1年次から、生徒達は自習ができるようになる練習を始めます。月曜日に各教科から、今週の課題が示されて、それをその週で終わらせるように自分で計画を立てるんです。はじめは先生のサポートが必要ですが、繰り返すうちに、自分で自習が進められるようになってきます(垣野先生)」
自習は、課外のこともありますが、学年が上がるにつれ、通常授業内での個別学習の時間が増えてくるそうです。先生は教室を巡回し、つまずいている児童のサポートを行います。
フィンランドはこういった活動が教室内で展開されますが、スウェーデンでは、「ユニット型」と言って、大きさの違う部屋の集合を1ユニットとし、授業の内容によって、同時に複数の部屋を使うことが多いそうです。
以下は、あるスウェーデンの小学校の5年生(2クラス)ユニットの1日の動きを、垣野先生が観察されたものです。
9:55~の活動では、A組(黒丸が児童)はビデオ視聴で1クラスにまとまっていますが、B組(灰丸が児童)は生徒がユニット内の好きな場所を選んで、演劇の練習をしています。
13:00~の活動では、2クラス合同の授業です。児童は各自好きな空間を選んで学習(自習)し、教師は巡回しながら個別指導をしています。
↓以下2枚 垣野先生の論文(「スウェーデンの学校建築その2 『ルーム』の分節からうまれるワークユニットの可変性:文教施設 2016年春号)より転載
学年が上がるにつれ、自習の時間が増えるとともに、自由な場を選んで良いシーンでの、児童の活動範囲が増えていくそうです。児童が自分で空間を選び取る力も、上がっていくのでしょう。こうやって自主性が育てられた児童・生徒達が次に進む学校(中学または高校)は、大学のスタイルに近い、教科教室型が多いそうですが、そこでもきちんと自主性が発揮され、問題なく運営されるようです。
「小学生のうちに自学できるようになると、先生も楽だと思うのですが、日本の学校だと高学年でも先生が最後まで教えようとする傾向が強いですね」と垣野先生。
最近では日本の小学校でも、生徒が落ち着けるという理由で小部屋のニーズが増えているそうで、運営プログラムも含めて転換するチャンスかもしれませんね!
↓続きはこちらでお読みいただけます。
北欧の事例から日本の教育空間を見つめなおす―垣野 義典先生インタビュー その1
みなさんこんにちは。清水葉子です。
今日は、教育空間について、紹介したいと思います。
先日ブログ「子どもの主体性を伸ばす空間とは」にて紹介をさせていただいた、東京理科大学 理工学部 建築学科 准教授 垣野義典先生。フィンランド、スウェーデンの教育環境について、そして、子どもの主体性、自主性を伸ばす教育空間について、もっと知りたい!と思いまして、あらためてインタビューをさせていただきました。私の痛恨のミスで、写真を撮り忘れてしまったため、先生のプロフィール写真を掲載させていただきます(笑顔も素敵な先生です!)。
垣野先生は、大学、大学院からずっと学校建築を研究されています。その対象は、日本はもちろん、フィンランド、スウェーデン、オランダ等多岐にわたり、特にフィンランドは、アアルト大学の客員研究員として、ご家族とともに3年間を過ごされています。娘さんも現地の公立保育園に通われたこともあり、研究者の視点だけでなく、保護者としても、フィンランドの教育を経験されました。
たくさんご紹介したいことはあるのですが、「学校という場の位置づけ」「主体性を育てる」「ICTの可能性」という3つのテーマでご紹介していきます。
学校は「もうひとつの家」という考え方
前回のセミナーでも、今回お話を伺った中でも、一番北欧の学校と日本の学校の捉え方が違う!と思ったのが、この部分です。保育園、小学校(場合によっては中学校も)は、「もうひとつの家」というとらえ方をされています。
フィンランド語で保育園は「日々の家=パイヴァコティ(Päiväkoti)」と呼びます(パイヴァ(Päivä)=日々、コティ(koti)=家)。共働き家庭が多いフィンランドでは、社会で子どもを育てるという意識が強く、保育園がもうひとつの家がわりとして機能しているそうです。
「フィンランドの保育園の面白いところは、ホームエリアという考え方があって、例えば小部屋や大部屋がある中で20人くらいの子ども達がいて、そこを3人の大人が、面的に安全管理をするような構成になっています。日本だと、大きい部屋に見通しをよくして子どもを配置しますが、子どもの居心地の良さのほうが優先されています(垣野先生)」
小部屋に分かれていることで、家に感覚が近く、いつもみんなと同じ行動をしていなくても、許容されやすくなるそうです。例えば午睡の時間、寝れない子はこっそり部屋を出て先生と工作をしても良いそうで、日本の「眠くなくても目をつぶって寝ていなさい!」という環境とは、だいぶ違うと感じました。
日本では、親も含め、学校や幼稚園、保育園というのは、社会性を育てる場所、と考えていると思います。そして、「社会性=集団で周りに合わせて行動できる」ととらえられる傾向も強いのではないかと。でも社会性って本当にそうなのか。そして周りに合わせた行動ができれば、主体性が本当に育つのか?人生の早い段階でのこの違い、私は親としても、とても考えさせられました。
小学校に入ってからも「もうひとつの家」という概念は、続きます。フィンランドとスウェーデンで空間の仕切り方は少し違うようですが、基本スタンスは同じです。
まずフィンランド。それぞれの教室内で授業が展開されることが多いそうですが、教室内にソファを置いたりマットを敷いたりして、同じ空間内でも場の雰囲気に違いがつけられています。フィンランドは2010年より「Finland on the move!」という、授業にもっと動きを取り入れようという運動がおこり、グループ学習、ペアワーク、個別学習などが多く取り入れられているそうなのですが、そういった活動の時にソファやマットを使うシーンもあるそうです。
↓下2枚 垣野先生撮影のフィンランドの小学校教室
空間リテラシーの高さが、豊かな空間をつくる
また、教室の壁の掲示、装飾は、担任の先生に任されていて、同じ大きさの教室でも、教室によってそれぞれ雰囲気が変わるそうです。
「フィンランドの教室は、運営が教師個人個人に任されているので、教師によって、または男性と女性の教師で差がみられます。女性の先生のほうが、綺麗にインテリアのように装飾される印象です。 男性は、より簡素にあまり作品も貼りません。かわりに、ギターや自分の得意な楽器なんかをディスプレイする先生もいます。壁が足りなければ、天井からつり下げたり、工夫をこらしています(垣野先生)」
他教室との違いがあると、より自分のホームエリアだと感じることができるのかもしれませんね。でも「自由に装飾していいよ」と言われて、先生方は困ることはないのでしょうか?
「フィンランドでは、経済的に中流の家庭でも、結構な割合で自宅とは別に夏小屋を持っています。そしてそのほとんどは、セルフビルドなんです。自宅も自分達で改装するのが趣味のようになっていて、20年くらいかけて少しずつ改装し、完成したら売ってしまいます。そこが日本人の感覚と違って、完成してしまったらつまらないという感覚があるようです。子どもの頃からそういう環境に触れて育っているフィンランドの人たちは、日本人よりも空間リテラシーが高いように感じます(垣野先生)」
自分で空間を整えることが得意というか、比較的あたりまえととらえられているんですね!(次回につづきます)